ちょっとしたミスも大目に見てくれそうな穏やかに晴れたある日、このシャルマン火打スキー場の上からバック・カントリーへ入っていく。そう、放山(1189.5
メートル)へとつづく坂を登っているのだ。
そこには、道があるわけではない。道標ももちろんない。地図を頼りに、雪に覆われた裏山を歩いていくのだ。
この山を越えて、その向こうにある笹倉温泉を目指しているのである。
放山頂上からは、火打山をはじめとする頸城(くびき)山塊を見わたすことができる。
山の向こう側には、だれもいない斜面がつづいている。踏みあとがまったくないその斜面を支配している静寂には、恍惚感がみなぎっていた。
ここから、スキーによる大滑降がはじまるのだ。
しかし、滑り出してすぐにわかったことは、斜面は小さなミスも大目に見てくれない、というあたりまえのことだった。
というわけで、豪雪地帯の雪にまみれてただただ落ちていくのである。絶叫とともに。
さらには、山を登るのはそのピークを目指せばいいのだが、下る方向は四方八方どこへでもという感じなので、そのときこそ、地図をよく見て、現在地を把握し行く方向をしっかり定めなければならない。
しかも、僕のような滑りであっても、スキーでの下りは距離と標高差をどんどんのばしていく。
何度も地図とコンパスを見ながら現在地を確認する。
ところがというか、やっぱりと書くべきか、今日も迷子なのである。かかとが自由なテレマーク・スキーは迷子になる自由もあるのだ、とつねづねいってきたが、ほんとやれやれ、である。
しようがないから、さらに目を細めて地図を凝視する。目を細めるとものをちゃんと考える助けになる、とでもいうように……。
で、わかったのは、読図は得意部門じゃなかった、ということだった(じゃなにが得意部門なんだ、とは聞かないでくれ)。
こうしたときには、頼れる仲間がありがたい。
僕は先頭を行くのをあきらめて、いっしょに山へやってきた友人のうしろにそっと従うことにした。
同行の友に、幸あれ。
ま、このようにバック・カントリー旅はどたばたと進んでいくのであった。いつものように。
自由のあるスキー場ではどこを滑っていいものやらととまどい、バック・カントリーでは迷子となる。
でも、こうして雪に覆われた山へとやってきて、目の前のOff
The Beaten Track(踏みならされていない道)を眺めていると、それはまるで、人生を素敵に踏みはずすための道しるべに思えてくる。
この山を下りれば温泉がある。そしてそこには、冷えたビールもある。
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