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第五十五話 2月7日更新
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耳も、ずる休み 音楽が聴こえる方へ、とさまよってしまう
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十字路から届いた招待状

もう何年も前のあるとき、「そんなところでため息をついてないで、こっちへ来いよ。お前の望むものは、すべてここにあるぞ」と、僕は呼びかけられたのだ。
それは、ピンストライプのスーツを着た左目の悪い黒人だったり、汚れたワークシャツの反骨の男だったり、水玉模様のシャツを着た吟遊詩人だったりした。
その3人の男たちは、寝ていようと起きていようと、日中であろうと夜中であろうと、どこへでも行く用意ができていた。「さよなら」もいわずに土地を移るのが、日常だったのだ。朝起きて、ここは自分のいるべき場所じゃないと思ったらどこかほかのところへ移るべきだ、という生き方を実践してきた男たちである。

1930年代のある日、ロバート・ジョンソンは、ミシシッピー州の埃風が吹きぬけていく十字路にたたずんでいた。こんな暮らしではない、もっと別の人生を見つけるために。
この十字路からすべてがはじまるかもしれない。十字路に立つということは、人生の岐路に立つということなんだ。
ロバート・ジョンソンは、そんなふうに感じはじめていた。
やがてやってきた一台の車に、ロバート・ジョンソンは親指を立てた。車を運転していたのは悪魔だった。
そして、悪魔と取り引きをすることで、ブルースに染まった魂を手に入れたのだ。
それからは、ロバート・ジョンソンは旅をつづけ、うたいつづけた。週末には必ず、どこかの町のジュークジョイント(ライブハウス)で演奏していた。
悪魔が乗りうつったロバート・ジョンソンのブルースは、黒人の心のいちばん深いところに突き刺さっていったのだ。

ミシシッピー州にあるロバート・ジョンソンのお墓。しかし、伝説の男は、このふたつの墓のどちらにも眠っていない。どこに埋められたか、定かではないのだ(写真=佐藤雅彦)
ミシシッピー州にあるロバート・ジョンソンのお墓。しかし、伝説の男は、このふたつの墓のどちらにも眠っていない。どこに埋められたか、定かではないのだ(写真=佐藤雅彦)
 

同じころ、自分のギターに、『This Machine Kills Fascists』と書いたウディ・ガスリーは、その時代の正義に対して、それは違う、と労働者たちといっしょに叫んだ。
銀行と自警団が大いばりで歩く社会から、何度も何度もぶちのめされながら、しかし、めげることなど一度もなく、うたいつづけた。
あきらめたらどんなに楽かを知っているからこそ、あきらめたらお終いなんだ、と。

このふたりの歌を聴いたボブ・ディランは、苦しみを克服するために音楽の手を借りるのは、逃避ではなく、その辛苦を現実としてはっきりとらえることだと知り、生まれ育ったノースカントリーを出た。
その日から彼は、勝ち目のない嵐に刃向かっていく船のように、なりふりかまわず走り出した。転がりつづける石のように。
そして、心の扉を蹴破る言葉と、凍てつく風みたいな声で、激しい雨がどすどすと足 を踏みならすような音楽を創りだしたのだ。

ある日、三人はそれぞれが十字路にたたずんで、旅へ出るには、目の前にどこまでも 続く道が一本あればそれでじゅうぶんなんだ、ということを知ったのだ。そして毎日、尻尾に火がついたかのように、ここ以外のどこかへ、と飛び出していったのだった。
たぶん……。

僕にとって、放浪詩人たちの歌は、裏通りへの招待状なのだ。それらは、触れば触るほど、たしかな手応えに変わっていったのだ。
と、かっこうのいいことをつらつらと書いてしまったけど、ようするに、音の世界にどっぷりと浸ってしまった僕は、どこへ出かけても、音楽のことが頭からはなれなくなってしまった、ということだ。だから、そのときの旅の本来の目的を忘れて、音を追いかけてしまうこともしばしばである。
ちょっと油断すると、耳もずる休みをしたがるのだ。

 
ニューヨーク州ウッドストックの街はずれにある『ビッグ・ピンク』。1960年代なかば、ボブ・ディランとザ・バンドのメンバーは、この家の地下室で、人生を素敵に踏みはずすことのおもしろさを音にした(写真=佐藤雅彦)
あれは1978年だったから、もう30年も前のことだ。ボブ・ディランが初めて日本へやってきた
僕を路地裏へと誘い出したロバート・ジョンソン、ウディ・ガスリー、ボブ・ディラン。そういえば、もうひとつあった。僕が彼らに共感するところが。なんたって、この3人は、無類の女好きなんだよな。
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