等高線というマジック
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| ■富士山鳥瞰図・3面 1985年に朝日新聞社から刊行された『富士山 全案内』で「山麓一周126.5kmを歩く」を執筆。3面の鳥瞰図は左から(1)長者ヶ岳方面から、(2)足和田山方面から、(3)石割山方面から |
私は1974年に北米のユーコン川を下った。遊びではない。クラブの後輩がテレビ・ドキュメンタリーのディレクター・デビューするというので、船頭として雇われたのだ。雪解けの6月から雪が降り始める9月まで、約3,000kmの旅だった。
チームには金があったから大きな問題にはならなかったが、私はいくつもヘマをやった。現地へは米国グラマン社のアルミカヌー(Vスターンの19フィート)をもって乗り込んだのだが、進水式の翌日に橋桁にひっかけてまっぷたつに折ってしまった。4馬力のエンジンも水没させた。
そのあと現地の、木枠を組んでキャンバス布を張った実用的な中古カヌーを入手した。それも後ろを切り落としたVスターンで、エンジンを装着できた。長さはほぼ同じだったけれど幅が広く、3人乗って荷物を200kg積んでも軽々と進んだ。
ユーコン川はチャップリンの「黄金狂時代」の川で、太平洋岸のスキャグウェイという港町から標高差約600mを登り切ったら源頭だ。そこから北極圏(北緯66度33分)まで北上し、西に大きく向きを変えてベーリング海峡に流れ出る。その3,000kmの標高差がたったの600mに過ぎないのだ。
日本の川のイメージでは水は高い方から低い方へと下っていく。ところがユーコン川では、水は群衆が後ろから押されて進んでいくように移動していく。中流の急流部(流路が狭まって速い)では時速10kmほどのところがあったけれど、あとは全部時速3〜4kmのベルトコンベアだ。途中でまたエンジンを具合悪くしたこともあったが、エンジンをまわしてもしょうがないという気がして、およそ800kmは私のパドル1本で下っていった。漕いだのではない、流れの中心をはずさないようにしただけで、時速3〜4kmのベルトコンベアに運ばれていった。
私はそのとき、米国とカナダの25万分の1地図のコピーをつなぎ合わせたものをチャート(海図。川でも流路図をそう呼ぶ)として持っていた。標高差600mだから等高線のほとんどない地図だ。
なんでそのような話から始めたかというと、ユーコン川のような平べったい世界では、川岸の崖や周囲の小高い丘や山がわかればいい。古い地図につかわれたケバ式では傾斜角に応じた太さの短線(ケバ)を斜面の最大傾斜方向に並べるが、それで十分だという気がした。方位コンパスだって磁北が20度も狂っているので、正午の太陽がもっとも正しい方位を示してくれた。
じつは街の地図もこれと似ている。1,000分のいくつという勾配の鉄道が走り、100分のいくつという勾配の車道がのびている。10分のいくつという勾配の道があると坂の街だ。だから地図は平面図として描かれても大きな不便は感じない。1万分の1地形図などで等高線などという身勝手な曲線が引かれていると、邪魔にさえ感じられる。
日本は、国土の7割が山地だという。その山地も多くは浸食過程にあって、谷筋の斜面は30度(10分の5勾配)を超える。岩があれば断崖絶壁をつくる。
地表面のそういう起伏を平面図に表そうとすると、等高線が密に引かれる。地形のありさまが等高線による線画として描かれていると見てもいいほどだ。
2万5000分の1地形図では、等高線(10mごと)の間隔が2mm(実際の50m)のときに勾配は100分の20(20%勾配、約10度)、1mm(実際の25m)のときに100分の40(40%勾配、約20度)、0.4mm(実際の10m)のときに100分の100(100%勾配、ジャスト45度)、そして0.2mm(実際の5m)になると100分の200(200%勾配、約65度)となる。
傾斜が急なほど等高線間隔は狭まるので、地図上では色が濃くなる。昔の1色刷では黒っぽくなり、現在のものは褐色の濃淡が見えてくる。
地図使いのベテランになるということは、たぶんその傾斜のようすを濃淡で感じとれるというのではないかと思う。地図をじーっとにらんでいると、地形が浮かび上がってくるように思われたことが私にもあった。しかし、じつは、地図製作にも下請け制度が原因かどうかわからないが、木綿針を研いでフィルムをひっかくというような製図では線のバラツキも大きくて、色の濃淡では感覚が狂わされるというような地図もある。
地形図は基本的に国家が税金を使って国土の地形を利用可能な図面に記録したものと考えていいのだが、平面図に等高線を描くことで立体情報を固定してきた。平坦なところには道路や家や耕作地など人間がつくったものがあって等高線は補助的だが、山地にかかると地図情報のほとんどは等高線になる。
等高線は0.2mm間隔になると計算上は65度の傾斜を表すのだが、じつはそうならないようなのだ。太さ0.08mmの等高線(主曲線)が接近しすぎないところで、等高線の役割は終わる。崖の記号(「土がけ」と「岩がけ」)に置き換わってしまうのだ。実際に、60度を超す急斜面では、土ならば崩落地形になり、岩ならば岩壁になる。現実に合った表現方法ともいえる。
とにかく、等高線は地形図の主要な骨格なのだが、むずかしい。加えて、等高線のとおりに厚紙を切り出して重ねると現実の起伏に限りなく近い立体地図ができあがるのだが、労力をかけて厳密につくっても、だれも感心してくれない。地形があまりにものっぺりして、嘘っぽいのだ。
国土地理院のすべての地図の販売窓口になっている財団法人日本地図センターでは「20万分1地勢図」をベースにした立体地図を販売しているが、情報どおりにはつくっていない。高さを(たしか)3倍に誇張している。
葛飾北斎の富嶽三十六景では富士山は高さが約3倍に誇張されているという。風呂屋の富士山ももちろん実際よりシャープにそびえていなければ富士山らしくない。
富士山に限らないのだが、山は高さを誇張しないと目で見た感じと違うのだ。等高線情報から山の姿を思い描くというときには、じつは勝手な誇張まで付け加えている。等高線がかかえる問題は「地図を読む」という段階では錯覚という要素を含める必要が出てくるのだ。
私はたまたま「地形傾斜区分尺」というものを持っている。透明のプラスチック板に左上がりの曲線が何本も引かれていて、地図上の等高線にそれを当てると等高線間隔による傾斜角度が直読できるというもの。発売元は日本地図センターで「国土調査用」となっている。ある場所のA点からB点までの平均傾斜を直読したいときには便利だ。しかしこれも机の中で眠ってきた。
私が試みたのは鳥瞰図(バーズアイ・ビュー)だった。地形図の上にトレーシングペーパーをかぶせて、高い等高線から順に1本1本トレースしていく。1本引くごとに、トレーシングペーパーを上にずらしていく。そのずらし量で高さの倍率が変化するのだが、ともかくそうすると下の等高線を上の等高線が邪魔するようになる。邪魔されたところは描かずに、下の等高線へと移っていくと、山はそびえ立ってくるのだ。
ものすごい時間をかけて何枚かの鳥瞰図を描いてみた。今ではパソコンで簡単に見られるようになっているのでイメージに合った風景は得られるけれど、現実とのギャップを合理的に埋められるとは思えなかった。











