5万分の1から2万5000分の1へ
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| ■5万分の1の富士山頂 5万分の1地形図の富士山にVサインによる10cmのモノサシを当てると、御中道の直径がちょうど5kmだということがわかる。巨人になった気分で富士山に目を近づけていく |
最初にお断りすれば、本講座は4回シリーズとなる。
わかりやすく、東京オリンピックの頃といっておこう。地図の先進国英国では25万分の1、5万分の1、2万5000分の1、1万分の1の縮尺の地形図が新シリーズとして刊行されつつあった。
日本だって20万分の1、5万分の1、2万5000分の1、1万分の1が新シリーズとして準備されつつある時期だった。
なんだ、彼我の差はそう大きくないじゃないかというのは大間違い。英国ではクォーターインチマップ(25万3440分の1)、ワンインチマップ(6万3360分の1)、6インチマップ(1万560分の1)がとっくの昔に展開されており、第2次大戦後に刊行された2万5000分の1(アバウト2.5インチマップ)の初代シリーズもすでに1956年には全国をカバーしていた。
ここで注目しておきたいのは、地図の先進国が最初に選んだ地形図の縮尺だ。「1インチ図」というのは図上の1インチ(2.54cm)が実際の1マイル(1.60934km)を表すというもの。同様に「1/4インチ図」は図上の1/4インチが……、「6インチ図」は図上の6インチが……、というふうになる。
英国の陸軍陸地測量部が最初に考えたのが「1マイル」という距離を地図上に実感的に縮尺表示しようとしたことだった。
東京オリンピックのころ、学生だった私は「5万分1地形図」を使っていた。そのとき地図の縮尺を感覚的にとらえるために使った手は、指でVサインをつくって、それをめいっぱい広げて10cmのモノサシにした。5万分の1の地図上ではそれが現実の5kmを指していた。
地形図の上にVサインをかざすことで距離がつかめる……というよりは、空間のサイズ、縮尺感がつかめる、感じがした。正確なスケール(距離目盛り)は地図の隅についていたから、それで長さは測れたけれど、自然の中に直線的なものはほとんどないから、役に立つといえば立つけれど、立たないといえば立たなかった。
5万分の1地形図は明治時代に参謀本部の陸地測量部によって国土全体の三角測量から始められ、第二次世界大戦までにおおよそ完成したのだが、戦中戦後に撮られた米軍の航空写真によって道路や鉄道、町並みや建造物を修正した戦後の応急修正版というので私は育った。
(旧)建設省の国土地理院が自前の航空写真(正式には空中写真という)を図化機にかけて地図を描き出す空中写真測量をおこない、全国を2万5000分の1地形図で覆うとする新しい国土基本図の登場は東京オリンピック以降のことだ。私はだから、5万分の1地形図で育ったが、途中で2万5000分の1地形図に切り替えることになった世代といえる。
ところがそれが問題で、2万5000分の1の縮尺でVサインの10cmが2.5kmになることはわかっても、その空間把握感、縮尺感がどうしても体に入ってこない。いちいちモノサシを当てて、縮尺換算して納得しないといけないのだ。地図上にV字サインを掲げることで見えていた(と思っていた)5万分の1の縮尺風景は、どちらかといえば錯覚に近いものだったように思う。
雑誌『岳人』(東京新聞出版局)で「五万分一地形図『富士山』を歩く」という連載(16回)をし、単行本『富士山・地図を手に』として刊行されたのが1980年。同じ年に山と溪谷社から『地図を歩く手帳』が出た。どちらも5万分の1図をメーンにしながら、2万5000分の1も視野の中に入れている。
今回読み直してみると『地図を歩く手帳』に次のような一文があった。
――地図の使い方に2つの方向が出てきます。ひとつは4キロとか1マイルを縮小して、巨人の目で見下ろしたような見方をするもの。もうひとつは、目の前にひろげた地図そのものを現実のものとして直視し、必要に応じて長さや面積を原寸に換算するという使い方です。私見ですが、「読図」というレベルがあるとすれば、この2方向からのアプローチを、どこまで有効に組み合わせて利用しえているかということだと思うのです。
さて、4キロ=8センチというスケールで地図を見ていくとします。この場合4キロという現実の長さは「歩いて1時間」という体験によって把握されているわけです。つまり単純な長さではなくて、時間というファクターが加えられているわけです。
ということは、図上で8センチの長さをたどるときにも時間を無視するわけにはいかないはずです。そこでもし時間も5万分の1に縮めてみると、14分の1秒になります。しかしそれでは図を読むどころか、見ることさえ不可能になります。かといって、図上の8センチを1時間かけてたどるというのも、無意味なことはすぐにわかります。
そこで適当な時間、たとえば8センチを1分(60分の1)とか10分(6分の1)としてみます。1日の行程を20キロとすれば、それを図上では5分なり50分でたどってみるわけです。
しかしほんとうのところ、時間というのは縮尺できるものなのか、という疑問がでてきます。4キロを1時間かけて歩いている場面を思い起こしてみます。もし道草をしたりせずに歩きつづけていたとしても、ゆっくりと変化していく風景のなかに見るべきものはたくさんあります。集落があり、森があり、耕地があり、人の姿があり、そういったものの外観からでも、観察は時間を越えて過去や未来の姿にまでおよんでいきます。その土地の気候や、そこに住む人々の懐ぐあいまで見抜こうとしていることにも気づきます。
現実の1時間というのは、そういう体験を含んでいるのです。ですからそれを1分や10分でたどってみても、旅のおもしろさはほとんど味わうことはできません。となれば、1分でも10分でも、短い時間だからといって退屈でないとはいえません。
そこで地図の上でも、観察や思索の時間をたっぷりとってやります。もうお気づきのことと思いますが、その種の時間にはいかなる縮尺もありえません。
巨人の目を、地図そのものをはいずりまわるミクロ人間の目に切り替えてみるわけです。ミクロ人間はスーパー・マンですから、ヤブ山であろうと岸壁であろうと、たじろぐことなく、山の向こうの、現実の旅では見えないところにまで足をのばしていくのです。それはちょうど、図化機によって作りだされた立体(写真)画像の地表面をはっていくフローティング・マークとよばれる極小の球のようなものでしょう。
その分身としてのミクロ人間が切りひらいた地図上の道を、私たちは巨人の目で追い、必要なら色エンピツでたどっていくこともできるのです。
地図上での直線踏破は、そういった、時間をかけた旅への有効な切り口になるだろうと思うのです。まず、直線に交わってくる等高線を1本、1本越えていきます。5本目ごとの計曲線のところで標高をチェックしておくと高度感もわかりますし、その手作業によって傾斜感がつかめてきます。つまり、等高線の並び方のパターンが、はっきりと見えてきます。
そしてちょっと道草を食ってみれば、いくつかのタイプのちがう傾斜面が組み合わさって、土地の起伏がかたちづくられていることがわかります。しかもそれらの傾斜面は、かなり明瞭な境界によって互いに繋ぎ合わされているのです。山地の末端などはそのもっともよい例ですが、ひとつづきの集落でも、その上部と下部とでは、斜面の性質が変わっていることがよくあります。
集落や耕地のひろがり方、道路の敷かれ方、川の流れ方なども注意して見ていくと、ある特定の斜面と強く結びついていることがわかりますが、むしろその原則からはみ出ているおかしなところから、疑問が疑問を生むような、推理遊びがはじまることが多いようです。――
この『地図を歩く手帳』がきっかけになって、1983年から、私は朝日カルチャーセンター横浜の「40歳からの登山入門講座」に地図担当講師として参加することになった。これは5人の講師による講座があり、それに実技登山がくっつくというかたちで1995年までに40回実施された。私が「中高年登山」に関わるのは、これによる。











