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講座

【講座20】遠近両用めがねのすすめ


文字の読めない人が多い

■槍ヶ岳を望む ― 2001.7.22
黒部源流の祖父岳(2,825m)から槍〜穂高を一望する。地図を片手に山を見るというポーズは目の健全さを象徴する。

いっしょに山に行く人で、60代以上の人の半分以上は文字が読めない。じつは私も同様で、めがねなしで地図を見ても用をなさない。みなさんは私が近視と思っているようだが、自動車の運転免許は裸眼でとっている。
めがねをかけるようになったのは遠近両用めがねからだ。山では写真も撮るけれど、それには基本的にめがねは不要。一眼レフカメラのファインダーには視度調節機能があるし、双眼鏡にも同様のピント調節機能がある。
問題は地形図のこまかな等高線だ。通常はそんなもの見なくてもいいのだが、見る必要が生じたときには、ひょっとするとそのことが重大なことがらにかかわってくるかもしれない。そのときに「見るのがおっくう」な状態が(私の場合は)危険だと思った。リーダーとして判断の権限を握っている人間が、危険につながりかねない状況で「おっくう」という状況は絶対に許せない。
表現が強くなってしまった。誤解されると困るので断っておきたいが、判断のまちがいを「許せない」と考えているのではない。「おっくう」を放置していることが許せないのだ。見ていると、周囲のみなさんの半分以上は、その「おっくう」を放置したままなのだ。だから文字が読めない。小さな文字を読むのと、大きな風景を見るのと、山ではどちらが大切か……ということを真剣に考えたこともある。
めがねをかけた生活をしていると「眼力が弱まる」という気分になることがある。自分の目に力がないという感じがする。近視の人が「遠くを見ると視力が上がる」というのがそれだろうか。山でめがねをかけないでいると、その目の力がよみがえるように思える。だから、めがねをしまって裸眼で積極的にやってみたこともある。小さな文字だってすこしは読めるようになるかもしれないし、小さな老眼鏡もいろいろあって、使いこなせば問題は解決しそうに思われた。
しかし、結論として、私は山を歩く中高年のみなさんに、遠近両用めがねを強くすすめるべきだとの結論に達した。

足元の問題

■地図はいつでも見られるように ― 1996.4.24
これは中央本線沿線の高川山。休憩ごとに地図を見て、自分の位置を確認(あるいは推測)できれば、すでにかなりのベテランといえる。

遠近両用めがねをすすめるとかならず「足元があぶない」という人がいる。慣れないうちに階段などで足元が危ない経験をしたという意味なら初心的な誤解として許せるけれど、道具を使いこなすセンスのない人間がときに大きな声で主張するという場面が「足元が危ない遠近両用めがね」と「岩場で危険なストック」(講座15「ストックとステッキ」参照)に典型的に現れる。
遠近両用めがねは、昔はめがねの下部に焦点距離の違うレンズをつけて二焦点めがねとなっていた。中間の焦点距離を加えた三焦点めがねというものもあったそうだが、いまの遠近両用めがねは連続的に近距離〜中距離〜遠距離に焦点が合う累焦点レンズを使っている。
遠近両用めがねを使う人の初歩的なとまどいが階段で「足元があぶない」ことだということはあるとして、その程度の道具としてしか使えない人の意見によって、山でめがねを使わない人が多いのは間違いないところだ。
素朴な意見では「めがねはおっくうだから」ということになるのだが、あるとき後の方の男性が何でもない登山道で何回も転んでいたという報告を受けたことがある。
その人は典型的な「文字の読めない登山者」だ。文字を読まずに登山をしているともいっていい。そして文字を読まないだけでなく、足元も見ずに登山している。
足元をいかに見るかという問題に対して、私は日没時刻が早くなる秋には、日没後30分〜1時間無灯火で下山する体験をできるだけ組み込むようにしている。それは目からの情報が次第に欠落していくときに、路面のシンプルなパターン情報でどこまで安全を確保できるかを体験してもらうことで、「見る」ということの意味を考えてもらいたいからだ。
目に頼らないということも重要な試みで、不十分な視覚情報でも脳はかなりの情報処理をおこなうことができる。足元が見えなくても、文字が読めなくても、脳はそれなりに充実感のある情報処理をしてくれているものだから、慣れるといつのまにかそれが標準的な日常感覚になっている場合が多いに違いない。突如見えなくなるとパニックになる状況でも、慣れればふつうということが山での目の問題を軽視できないものにしている。

奥澤康正『ぎもんしつもん目の辞典』(東山書房)のインターネット版によると、めがねをかけると近視の度が進むといわれることについて「…医学的根拠はありません。おそらく,メガネをかけている人がはずしたとき,急にぼやけて見えるので,裸眼視力がメガネをかけていなかった頃より低下した,近視の度が進んだ,と錯覚するのだと思います。…」と書かれている。つまり目が受け取る情報が変化すると脳での処理がとまどうというふうに考えられる。
遠近両用めがねには遠〜中〜近距離に合わせた焦点距離が連続的に使えるように仕込まれているわけだから、脳の方で処理に困るような情報が飛び込んでくるのは当たり前だ。「足元があぶない」というのはそのレベルでの話にすぎない。
一般的に遠近両用めがねは読書の距離からパソコン画面の距離、テレビの距離や通常の遠距離までをカバーするように選択される。それぞれの行動目的にしたがってレンズのなかの狭い領域を選択的に選んで、無数のめがねを掛け替えたのと同様の効果を発揮している。めがねもすごいが目の能力もすごいというところにまで理解が到達できない人は「足元があぶない」レベルにとどまっているということなのだ。

足元を見るときには頭を下げて中距離の視野をその位置にピタリと合わせて見るようになって、はじめてめがねが肉体化したといえる。遠近両用めがねによって自分自身の目配りにまったく新しいものが付け加わったか、引き出されたか、というところまでいかないと話にならない。足元をきちんと見られるめがね、地形図や時計の小さな文字をきちんと見られるめがねを用意するということは、登山の危機管理の最重要項目といえる。

UVカット効果

冬に雪の山でクロスカントリースキーやスノーシューで遊ぶとなると、サングラスをしてくる人が多い。
私の場合は雪崩や滑落の危険を避けるために基本的に樹林帯での雪遊びになる。だから「サングラスは不要」と考えている。若いころに八幡平でスキー合宿をしたとき、何人もが雪目になり、私もそれを体験した。だから雪目になりかけの状態はわかるはずなのだが、ここ10年、それを感じたことはない。
じつは遠近両用めがねのおかげなのだ。いまのレンズは基本的にはUVカットが標準装備されている「UV400」というのだそうだが、400ナノメートル以下の短波長をカットする。カメラで使う透明のUVフィルターとおおよそ同じものと考えていい。水晶体に白内障を引き起こす紫外線をほぼ完璧にカットしてくれる。
サングラスに反対なのは、山小屋に入ったとたんに暗くて困ったりするからだ。樹林帯ではけっこう暗い場面がある。そういうときに視覚情報収集の足をひっぱることがある。ヒマラヤなどで高所用サングラスが必要とされるのとはまったくちがって、明るいレンズで瞳が小さくなった状態で、紫外線をほぼ完璧にカットされているというのがむしろ理想的な状態ではないかと思うのだ。
10年あまりのつきあいのみなさんのなかで、山に行っているから白内障が進行したという人はいないようだが、遠近両用めがねを四六時中かけているということは、老化現象に限りなく近い白内障の予防としても賢い選択ではないかと考えている。

めがねはやっぱり不便だ

■花を見る、虫を見る ― 1996.6.22
小さなルーペを持っていると、花を見るのが楽しくなる。地味な花がじつは絢爛豪華な万華鏡ということが多い。小さな虫も怪獣だ。

梅雨時から夏にかけて、濃い霧に包まれた登山道を歩いているとめがねが曇る。暑い日に汗が額から流れ落ちてめがねが曇るという人もいる。冬になると寒いところから暖かいところへ入っただけでめがねは曇る。視覚情報の入力という意味では、曇るめがねはバツじゃないかということになる。じつは、私にもそこのところがなかなか解決できない。
曇っためがねをハンカチや指でぬぐいながらなんとか見える状態にするというよりは、裸眼になって、細くてコンパクトな老眼鏡を鼻眼鏡のようにかけておくというほうがずっといい、という状況もある。だからザックにはめがねケースがあって、そこにスリムな老眼鏡が入っている。
しかし今回、インターネットで調べてみたら、めがね用の防曇クリスタルコートというのが商品化されている。プラスチックレンズの表面に厚さ100万分の1ミリ(1ナノメーター)という凹凸状のセラミック素材のコート層をつくって、曇り止めの界面活性剤を長期間(1〜2週間)保持しやすい状態をつくってあるという。
そういえば、1999年4月に、ある小さなキヤノン製品について原稿を書いたことがあった。タイトルは「曇らないカメラアイピース」。「吸水ポリマー薄膜」による曇り防止技術である。真冬の氷点下の気温のなかで息を吹きかけても全然曇らないカメラアイピースがEOS用にすでに商品化されていて、ひと冬を越したという話だった。


―ガラス面の曇り止めには車のガラスに利用される熱線で温める方式があり、メガネの曇り止めで一般的な界面活性剤の塗布などの方式がある。 キヤノンが開発したのは厚さ数ミクロン、表面硬度が鉛筆硬度の3H〜4Hに相当する吸水ポリマー薄膜で、水分を半永久的に吸収・発散しつづけることによって曇りを防止するという方式だそうだ。 試作品は1998年の冬の長野オリンピックで報道カメラマンにテスト貸し出しをしている。その後、10月1日に発売し、冬のシーズンが終了したというところ。 キヤノンという会社は画期的な発明であればじっくりと腰を据えて、自社の主力商品に要素技術として組み込める品質にまで高めた上で、徐々に周辺に手を広げていくという戦略をとる。この「吸水ポリマー薄膜」による曇り防止技術は光学的性能においてレンズ本体への適応も可能と判断されているうえに、プラスチック素材への対応も可能という。―

山歩きに遠近両用めがねが常識になり、それにUVカットと曇り止めが標準装備される時代が近づいている……かもしれない。

【研究20】槍ヶ岳 「写真で見る山の歩きの魅力」
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