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槍ヶ岳(やりがたけ)――3,180m
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| 穂高上空から槍ヶ岳を望む ―
1991.4.17 |
| 穂高の山小屋4軒が共同で小屋開けの日、荷揚げで往復するヘリに頼んで上空4,000mでゆっくりと1回転してもらった。テレビ朝日のニュースステーション取材で。 |
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山に登るようになってしばらくたって、初めて「槍ヶ岳」にあこがれをいだくようになる人が多い。 |
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富士山は本州中央部の広い範囲から見ることができるけれど、槍ヶ岳は山に登らないと見えないことが多く、しかも最初は教わらないとわからない。 |
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北アルプスの稜線にあるその小さな突起にあこがれる価値があると知るのは、いわば岳人文化によるものといえる。 |
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同じ価値観をいだく者同士の連帯のシンボルと考えれば、同じ場所で槍ヶ岳を見つけて興奮している人種と、そうでない人種とがあきらかに違っていてもなんの不思議もない。 |
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実際に槍ヶ岳の頂上に立ったらパッとわかるというものではないが、槍ヶ岳からは東西南北に4本の尾根が張り出している。 |
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東鎌尾根は中房温泉から燕岳に上がり、尾根づたいに槍ヶ岳に向かう喜作新道として開かれた。アルプス銀座と呼ばれたルートだ。 |
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南鎌尾根……とはあまり呼ばれないが、南に続く稜線は大キレットで大きく落ち込んだ後、穂高連峰へと伸び上がっていく。槍〜穂高の主稜線だ。 |
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西鎌尾根は黒部川源流の山々への回廊となっている。「裏銀座」へと導くルートになっている。 |
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そして最後に、もっとも鎌尾根らしい北鎌尾根は登山家の力量を証明する岩峰群だ。 |
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しかしここではその4本の鎌尾根のどれも使わない。上高地から梓川→槍沢と遡る槍沢ルートの往復を基本にしたい。バリエーションとして飛騨側に下って、飛騨沢→右俣谷→蒲田川とたどって新穂高温泉に下る。 |
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槍沢ルートは日本の高山が外国人によってアルピニズム(スポーツ登山)の対象とされたことを受けて、槍ヶ岳に向かう登山ルートとして開かれた。槍沢に小屋も建てられたが毎年雪崩で破壊されたりしながら、アルピニズムの発展を支えてきた。 |
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槍沢ルートは下界の人間には想像もできない大きな風景の中を登り詰めていく。 |
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そしてたっぷり長い。初心者なら3日分、あるいは予備日を加えて4日がかりでの登山になる。 |
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しかしいまでは、だれでも槍ヶ岳に登れる。登山道をゆっくり・長時間歩けるようになるだけでいい。 |
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今年は無理でも、来年に向けて、平地を歩くエネルギーで山道も歩ける歩き方(ギアシフト)を会得したい。無駄な力をつかわずに、ゆっくりねばり強く歩くことができれば、あとは必要な時間、歩くだけで決着がつく。 |
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よく知られたことかと思うが、釜トンネルから上高地まではシーズン中マイカーは入れない。長野県側は沢渡、岐阜県側は平湯に車をおいてシャトルバスで上高地に入る。バス代は沢渡から片道1,000円(往復1,800円)、平湯から片道1,050円(往復1,800円)で、沢渡・平湯ともに駐車料金(1日500円)が必要。
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あるいは各地から上高地への直行バスさわやか信州号(TEL 03-3320-0210/06-6346-2200/0263-95-2103)を利用するのだが、釜トンネルが新しくなって窮屈な夜行バスから解放された。3列シートの快適なバスで乗り入れられるようになったので、夜行バスの利用はおすすめ……かもしれない。横浜/新宿から片道6,000円(ハイシーズンは7,000円)、大阪/京都から片道8,000円で、いずれも上高地に早朝に着く。
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タクシーは上高地から沢渡駐車場/平湯駐車場までいずれも約5,000円。JR松本駅までだと約15,500円だが、タクシー運転手によっては事前の予約に対して1人2,500円というバス+電車料金を設定してくれる場合がある。夏の北アルプスでは各地に登山者相手で稼いでいる運転手の携帯電話のネットワークがあるので、情報収集を心掛けるか、行く先々の売店などで聞き込みをしてみるといいだろう。
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上高地からタクシーで帰ろうという場合は、ターミナルの脇に乗り場がある。そこに長蛇の列がある場合はホテルなどで呼んでもらうと優先的に配車される。上高地に着く前に電話予約しておくと、同様の効果が発揮される。ちなみに上高地に営業拠点を持っていたタクシーは、各社共同の上高地タクシー共同配車管理センター(TEL 0263-95-2350)が配車を一括管理するようになった。
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松本での前泊なら、ビジネスホテルが十分にあるので夜遅くに駆け込んだとしても泊まれないということはほとんどない。中央線の特急あずさの最終は新宿21:00→23:55松本、特急しなのの最終は名古屋19:00→21:07松本。高速バスの最終は新宿20:20→23:30松本、名古屋19:10→22:24松本、大阪16:00→21:30松本など。
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上高地にも帝国ホテルをはじめとするホテル、旅館がいくつもある。ホテル、旅館は山小屋より高いというのが一般常識ではあるが、北アルプスでは山小屋料金同等で泊まれる相部屋のたぐいを用意しているところもある。
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上高地では五千尺ロッヂ(TEL 0263-95-2221)にスキーヤーズベッドがあって2食付き10,500円。ホテル白樺荘(TEL 0263-95-2131)に1日5室限定で2食付き12,600円というのがある。上高地西糸屋山荘(TEL 0263-95-2206)は別館が山小屋タイプとなっていて2食付きで7,700円〜10,500円となっている。上高地アルペンホテル(TEL 0263-95-2231)にも相部屋があって、2食付きでハイカーズ料理が8,925円、通常料理が11,550円となっている。
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明神にも宿泊施設がある。明神館(TEL 0263-95-2036)は2食付きで10,500円からあるが、相部屋のベットは8,400円。橋を渡った明神池には山小屋の嘉門次小屋(TEL 0263-95-2418)があって、2食付き7,350円。
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徳沢では徳沢園(TEL 0263-95-2508)は旅館タイプで2食付き13,650円からとなっているが、山小屋タイプの相部屋があってこちらは9,450円。徳沢ロッヂ(TEL 0263-95-2526)は2食付きで個室が9,000円から、相部屋が8,150円。
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横尾の横尾山荘(TEL 0263-95-2421)は完全に山小屋と考えていい。ただし風呂付き。2食付きで9,000円。
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槍ヶ岳には槍ヶ岳山頂部には槍ヶ岳山荘(旧称・槍岳山荘)、殺生ヒュッテ、ヒュッテ大槍の3つの山小屋がある。槍ヶ岳山荘(TEL 090-2641-1911)は2食付き8,500円。槍沢にある槍沢ロッヂ(TEL 090-3135-0003)も経営は同じで、同額。
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殺生ヒュッテは喜作新道を開いた小林喜作に始まる小屋で、2食付き8,400円。現在はパトロンだった中房温泉の系列になっていて、アルプス銀座の中継点となっているヒュッテ西岳も同額。連絡先はいずれも中房温泉冬季事務所(TEL 0263-77-2008)。ちなみに起点となる中房温泉(TEL 090-8771-4000)にも「登山者・滞在者」向けの部屋があって2食付き9,390円から。
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ヒュッテ大槍(TEL 090-1402-1660)は2食付き8,700円。こちらはアルプス銀座の起点となる燕山荘(TEL 090-1420-0008/2食付き9,000円)と委託経営の中継点・大天荘(TEL 090-8729-0797/2食付き8,500円)と連なっている。中房温泉に近接する有明温泉・有明荘(TEL 090-2321-9991/2食付き8,800円から)も安曇野市からの委託で系列化した。
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新穂高温泉への下りに登場する槍平小屋(TEL 0578-9-2523)は2食付き8,800円。小屋から1時間半で登れる奥丸山(2,440m)は槍〜穂高、双六〜笠ヶ岳、焼岳、乗鞍連峰という360度の大パノラマが楽しめるという。そして眼前に滝谷の岩場とか。
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新穂高温泉からバスで平湯に出ると、新宿〜平湯〜高山の高速バスが利用できる。平湯温泉には日帰り入浴のできる・ひらゆの森(TEL 0578-9-3338/10:00〜21:00/無休)があり、入浴500円。食事も楽しめるのでバスの時間待ちに利用できる。
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この地図の範囲は国土地理院1:25,000地形図、高山6号-2(やりがたけ)、高山6号-4(みつまたれんげだけ)、高山7号-1(ほたかだけ)、高山7号-3(かさがだけ)、でカバーされる。
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赤い○印は標高50mごとに置いた半径50mの円。青い◇印は山頂から約500mごとの水平距離。○印の間隔によって登山道のある斜面の傾斜を把握できる。
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さらにこの地図の特長は、○印と◇印をどちらも1個(1ポイント)7.5分(2個で15分、8個で1時間)と仮定して、時間とエネルギーを概算できること。
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たかが槍、されど槍
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| ■燕岳から槍ヶ岳を望む ― 2002.8.22 |
| 槍ヶ岳登山道としてのアルプス銀座の起点は中房温泉。登り切ったところが燕山荘。燕岳(2,763m)山頂から見る槍ヶ岳。 |
私はごく初歩的な山歩きの指導を守備範囲としているが、槍ヶ岳はもちろんその範囲内の山のひとつとして数えている。
槍ヶ岳は日本を代表する岩峰として、岳人の大きな憧れの対象であった。いまもそれは変わらない。しかし同時に、じつはだれにでも登れてしまう山にもなった。
若いころにかなり山をやっていた人が、私の山行に参加した。かつて何度も登った槍ヶ岳だが、槍沢から登るもっともポピュラーなそのルートを、その人は初めて登るという。
同じ槍でも、第一級のクライマーの領域もあれば、北アルプス縦走というヘビーな企画の一通過点という場合もある。そして深田久弥の『日本百名山』の功績のひとつだが、一般ルートが整備されて誰にでも登れるようになってしまった。
私が最初に槍ヶ岳を企画したとき、一番恐れていたのは山頂直下での落石事故だった。登山者のレベルがばらつくとルート上でうっかり石を落とす人間の割合がどうしたって増える。クサリ場などで上から落石があると、危険はかなり大きなものとなる。
ところが、行ってみて驚いた。場所によってはセメントを流し込んである。悪意でなしに落としそうな岩はあまりない。これなら頂上への順番待ちでもビリビリすることはなさそうだ。クサリやハシゴも雨で濡れたからといって危険というほど難易度の高いものではない。初歩的なクサリ場通過の技術があればOKだ。
ただし、入門編と考える場合、槍ヶ岳は前泊+小屋泊まりという時間がどうしても必要だ。高齢の人には、下りの途中にもう1泊加えてゆっくり歩ける余裕を(予備日として)確保しておいたほうがいい。あわてない、急がないという時間的余裕はあったほうがいい。
上高地から梓川を遡り、槍沢を詰めていく槍沢ルートが初心者向きなのだが、それは今風の若者向きともいえる。というのは前泊が入浴つきになる。上高地には風呂はもちろん温泉もあるし、徳沢(徳沢園、徳沢ロッヂ)、横尾山荘、槍沢ロッヂとすべて風呂付きの山小屋となっている。
翌日槍ヶ岳の稜線上の山小屋で風呂なし生活となっても、下ればまた風呂が待っている。風呂なしはたったひと晩のことなのだ。若い男女のカップルが沖縄の海にも行くが槍ヶ岳にも行くというような感じで登場しはじめている姿を見ると、槍ヶ岳がもっともっと観光地化していいのではないかと思う。
首都圏で山歩きをはじめた人はいろいろな場所から富士山を見る。富士山はもちろん見る場所によって大きかったり小さかったりするけれど、印象としては「大きい」か「高い」かだ。遠く小さく見えるときには当然その手前にたくさんの山が見えているので、やっぱり富士山はデカイ、などと感心してしまう。
槍ヶ岳はちょっとちがう。高いところまで車やロープウェイなどで登ってきた観光客の目には見えないことが多い。教えられても富士山のような感動は反応に現れない。ちっぽけな尖った岩がなんでそんなに貴重なのか……という感じ。
ところが首都圏の初歩的な登山者でも、標高2,000m以上のピークに立つようになると、富士山も見るけれど、槍の穂先を必死にさがすようになっている。肉眼では確信を持てないようなとき、双眼鏡で確認すると、天下をとったような気分になる。
富士山のように山ひとつのサイズがそこにあるのではなくて、北アルプスの稜線上にほんのちょっぴり、槍の刃の先端が飛び出しているにすぎない。冬には周囲の白い峰に黒い穂先が目立つぐらいだから、姿かたちというよりも、目印があるという程度にもかかわらず、見つけた人は大手柄となる。
信州松本平を足下に見る美ヶ原からだと槍〜穂高は目の前だ。ところが車で松本へと下っていくと、槍はだんだん存在感を失って、その代わりに常念岳のピラミッドがぐんぐんとスケールを増してくる。槍ヶ岳は下界の人間の目に触れにくいところでひそかに熱烈なファンを獲得してきたといえる。山に登る人間同士の密やかな連帯のシンボルというべき存在かとも思われる。
それだけではない。外国旅行の経験の多い翻訳家が槍ヶ岳登山に参加したが、槍ヶ岳のアルペンムードにすっかり感心していた。日本的な山を周囲に展望しながら、巨大な岩峰のわきですごす夕〜夜〜朝の風景は、たしかに日本離れしている、といえる。
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横尾からの49ポイント
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| ■常念岳から槍ヶ岳を望む ―
1999.8.29 |
| 東に位置する常念岳(2,857m)山頂から見ると、画面左にのびる稜線は大喰岳(3,101m)、中岳(3,084m)、南岳(3,033m)とたどり、大キレットへと落ちていく。 |
上高地から梓川にそって上流に歩くと、1時間で明神、さらに1時間で徳沢、もう1時間加えると横尾という関係になっている。道は左岸(上流から見ていう)にあって登山道というより川べりの遊歩道という感じだから、スピードさえ上げなければなんの問題もない。
右岸には治山運搬路という名の林道があって、その道と平行して明神まで川べりに遊歩道がついているが、その林道を歩くより左岸の登山道か、右岸の自然観察路のほうが楽しい……というほど、道は歩きやすい。
ここで横尾を起点としたのにはそこが涸沢〜穂高連峰への道との分岐だということと、道そのものが横尾から先、一般的な登山道のイメージになる。
私のシミュレーションマップでは、横尾から槍沢ロッヂまでは赤○と青◇が12個ある。12ポイントと呼んでいるが、8ポイント=1時間という平均的な時間に換算すると12ポイントは1時間半という運動量になる。ちなみに平地の道を時速4kmで歩くパワーで30%勾配(1km先で300m登る)の登山道を1時間で登るとすると、時速1kmというスピードになり、距離500mの青◇が2個、高度50mの赤○が6個の合計8個をクリアしているというシミュレーションになる。
一般登山道は都会の軟弱な登山者が歩けるように配慮されているので、「平地を時速1kmで歩くパワーで歩けるはず」というのが私の技術論の基本となっている。もちろん傾斜が急になると瞬間的に大きな登坂力を要求されることになり、その境界域は人によって違う。登山者における健脚というのは、スピードよりトルク、すなわち登坂力によって決まるので、同じ出力でどこまでの急勾配に対応できるかということになる。
シミュレーションマップでは槍沢ロッヂまでは赤○の間隔がすごく開いている。ほとんど平らな道に見える。
その道は槍沢に沿っている。水が流れている通常のイメージの「川」や「沢」の勾配はかなりの急流であっても車で上れる程度の勾配しかないのがふつうだ。そういう意味でも、この部分は平坦な道と考えていい。
しかし、模式的な平らは「平で楽」というのと直接つながらない場合もある。岩がでこぼこ頭を出していたり、石がごろごろしていたり、小さなアップダウンが連続していたり、不整地たる登山道にはいろいろな表情がある。横尾までの道とはまったく違うし、涸沢への登山道と比べても、こちらはいくぶん歩きにくいかもしれない。
横尾から6ポイント(約45分)で槍見河原に出る。槍の穂先が木の間越しに初めて見える。そこから6ポイント(約45分)で槍沢ロッヂに到着するのだが、ここも槍見のポイント。しかも数年前に古木が1本倒れたらしく、小屋の前から堂々と槍が見える。
1日目に上高地から槍沢ロッヂまで進んでおくと、2日目の登りがかなり楽になる。上高地から合計4時間半+αの川沿いのゆるやかな登りである。風呂上がりに夕暮れの槍を見るというぜいたくを味わえる。
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氷河地形の本格的な登り
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| ■槍沢ロッヂから槍ヶ岳を望む ― 2002.8.25 |
| 以前はチラリとしか見えなかった槍の穂先が、堂々と見えるようになった。今日はあの山頂に立つはずだ。 |
槍沢ヒュッテから槍ヶ岳山頂までは37ポイント。8ポイント=1時間とすれば5時間弱だが、そうは問屋が卸さない。シミュレーションマップを見ていただくと、標高2,200mから上は赤○印が重なったり、すこし離れたりしながら、おおよそ接している。
○は半径50mの円なので、接して並んでいると100m先で50m上がるという勾配であることを示している。2万5000分の1地形図では登山道の小さなジグザグは線の太さのなかに隠されてしまうからジグザグに描かれているのはあくまでも表現ということになる。
しかし、一般登山道は、車の道でいえば一般ドライバーも安全に運転できる観光林道のようなもので、歩きやすくつくられている。赤○が1個おきぐらいの間隔で並んでいるところを境界にして、それより急な斜面ならジグザグがはじまり、それ以下なら無駄な迂回をしないように道はすなおに上り下りする……ことが多い。
赤○が接近するような勾配(1/2勾配。おおよそ30度)になると、道は必ずジグザグに切られている。山仕事の道なら直登・直降ということもあるけれど、都会の登山者に対応する登山道では、それでは通用しない。
一般登山道は十分に勾配をゆるめてあるので「平地を時速4kmで歩くパワーで歩く」という可能性を残してくれているはずだが、木の根が張って段差ができているとか、岩が露出して足の置き場に苦労するとか、道の表面もなかなか手強い場面が多くなる。
登山の健脚は段差のクリア能力なので、脚力の弱い人は、急斜面の道ではどうしても無理を強いられる場面が増えてくる。そこを腕力とダブルストックで補ったり、パワーアシストまでいかなくても杖やストックでバランスを整えて無駄な力を使わないようにするだけで、うまく弱さを補えれば、結果としてはなんとかなる。
もう一度シミュレーションマップを見ていただいたいのだが、槍沢ロッヂ〜12ポイント(約1時間半)の標高2,200mが赤○の並び方のはっきりした境界となっている。じつはそれまでの山間の沢沿いの道が、ここで終わる。地形図上に川の流れが描かれているので流れは途切れていないにしても、限りなく涸れ沢に近づいている。ここから始まる広い谷は、かつて氷河が削ったというU字谷だ。
槍ヶ岳が頭上に姿を見せ始める。わずかな緑が地表をおおっているが、頭上の太陽はぎらぎらと照りつける。裸の谷底をコツコツと登っていかなければいけない。一直線に歩けばすぐとも見えるが、無限に遠いゴールにも見える。
標高2,350mあたりに道の分岐がある。天狗池から氷河公園を経て南岳へと登る道だ。時間に余裕があれば、ザックをおいて天狗池まで行ってみたい。槍ヶ岳が美しく見えるビューポイントだ。
その天狗池への分岐までが4ポイント(約30分)。傾斜が急になると、それまでの「8ポイント=1時間」では収まらなくなってくるかもしれない。登坂力(健脚度)はそれぞれ違うので、道のようすを見たときに「6ポイント=1時間」とレートを変更してもいい。ここでは「8ポイント=1時間」のままで概算しておくとして、30分で行けるかどうかはその後の行動の判断材料として重要になる。
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| ■天狗池から槍ヶ岳を望む ― 1997.8.24 |
| 槍沢カールのはずれに残った小さな池。ルートをすこしはずれただけで、休憩の気分は大きく変わる。 |
天狗池への分岐から坊主岩小屋までは8ポイント。1時間で行けるかどうかわからないが、時間があるならコースタイムなどに合わせることを考えるより、自分の巡行スピード(平地なら時速4km)のパワーで「1時間に何ポイント」稼げるかを見てみるというふうに考えたい。
自分の脚力を冷静にチェックするという目的で、自分の巡行スピード(私の場合は10kg背負って10時間行動できるペースと表現している)を確立できれば、日本の一般登山道のバリエーションはそれほど多くないので、予測値はかなり信頼できるものになってくる。その上で登坂力の向上をすこしずつすすめていけばいい。
坊主岩小屋は標高約2,700m。これは北アルプスの稜線の小屋として一般的な標高と考えていい。雨露がかろうじてしのげるかという岩屋だが、これに命を救われた登山者もいることだろう。氷河谷のど真ん中で、槍ヶ岳と真正面に向かいあう場所にある。
北アルプスの標準的な森林限界が2,500mとされるので、標高約2,700mというのは周囲を高山植物の御花畑にかこまれた稜線の小屋というイメージになる。高度に弱い人は標高約2,000mあたりから徐々に異常を見せたりするが、この標高になると脱力感や頭痛、吐き気などを訴えることが多い。
槍沢ルートはU字谷に出たところから風景がガラリと変わってスケール感が狂ってしまう。歩くスピードにしても、どうしてもアップしたくなる。狭い道から広い道へと出た状態だ。
そこで、バテる人が出る。広い風景の中で歩いても歩いても進まないという精神的な疲れもあるし、実際にスピードアップしていることを高度計が知らせている場合も多い。SUNTOの高度計では毎分の上昇スピードが示されるのでそういうものでチェックするのもだいじだが、自分でスピードをリセットして、歩幅を足踏み状態からゆっくりと広げていって巡行スピードを探し直すというようなことが必要になる。
がんばって登り切るというのも精神的には求められることかもしれないが、じつは、高度障害でパワーが出ないという可能性もある。北アルプスの稜線の、標高2,700mあたりの山小屋で泊まった経験のない人だったら、この槍ヶ岳登山は自分の高度に対する能力のテスト登山にもなっている。
ただがんばるのではなく、がんばらずに登れるさまざまな努力をしながら、自分自身のからだとうまく対話したい。富士山とも似ているが、開けっぴろげの空間だから、ごまかかしようがないともいえる。
坊主岩小屋から右手の斜面を登ればヒュッテ大槍、もうひと登りして上に上がれば殺生ヒュッテ、そのまま槍の穂先へ向かえば稜線上に槍ヶ岳山荘(旧称・槍岳山荘)。最後の詰めがつらい人と、ゴール間近で楽しい人とに分かれるけれど、進んだだけ目標が近づいて来るという充実感はまちがいない。坊主岩小屋から槍ヶ岳山荘までの10ポイントは十人十色の時間となる。見上げる槍の穂先に向かって、登っていく人、下ってくる人、舞台がもう目の前にそびえ立っている。
できるだけてっぺんに近いところにあるから、ここでは槍ヶ岳山荘に泊まることにする。……というより、槍ヶ岳が初めての人をお連れするとなると、いいも悪いもなく、槍ヶ岳山荘に泊まることになる。白馬岳で村営頂上宿舎を横目でみながら、結局白馬山荘に泊まってしまうのと同様に、商売だからしょうがない。
しかし、ひとつだけはっきりした理由がある。山の天気は読めないから、ついたその日にも登れれば登るけれど、翌朝も夜明けを狙って登れたら登りたい。そのときに槍の穂の根元にある槍ヶ岳山荘は有利なのだ。
槍ヶ岳山荘の標高は約3,050m。山頂までは標高差約130m。小屋に荷物をおいて、山頂へと向かえる人は高度障害に関しては完全にマル。疲れた人の中に高度障害がでているかどうかにすこし神経を使う。頭痛や嘔吐感はないか。食事は食べられるか、眠れそうか。保険外診療ながら槍ヶ岳山荘には東京慈恵会医科大学槍ヶ岳診療所が開設(7月20日〜8月20日)されている。そういう安心感もありがたい。
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長野県側の安曇野の人たちが穂高の名付け親なのだが、海からやってきた安曇族の祖神は穂高見神(ほたかみのかみ)、それを祭るのが穂高(ほたか)神社で、上高地(神河内)の明神池には穂高(ほたか)神社奥社がある。背後の明神岳(2,931m)がじつは「穂高岳」なのだそうだ。
その流れで穂高連峰の奥穂高岳、北穂高岳、前穂高岳、西穂高岳はすべて「ほたか」が正式名。国土地理院の『標準地名集(自然地名)』(1981年・財団法人日本地図センター)でも、『日本の山岳標高一覧・1003山』(1991年・国土地理院)でもあきらかに穂高は「ほたか」となっている。JR大糸線の駅名も「ほたか」なら行政地名も「ほたか」に統一されていて「しろうま」「はくば」のような混在は見られない。

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| ■三俣蓮華岳から槍ヶ岳を望む ― 2001.7.22 |
| 北アルプス裏銀座の三俣山荘から槍ヶ岳を見る。西から見ているので画面左にのびるギザギザの尾根は北鎌尾根。 |
ところが今回、日本の出版文化の最高到達点のひとつと考えられる平凡社の『世界大百科事典』(1968年初版)を見てみたところ、なんと穂高(ほたか)町と穂高(ほだか)岳が並んでいる。ちなみに槍ヶ岳は「槍ガ岳」だ。私はその後の『平凡社大百科』の編集現場を知っているので世界大百科時代の校正の質の高さを信じていたが、ちょっとガッカリ。神話に裏切られた気分になった。あわててその1冊の『日本地図』を見たところ、ふりがなつき索引では穂高は「ほたか」となっていて、新穂高温泉は「しんほだか」と濁っている。地名の読み辞典として信頼してきた資料だけにホッとした。
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長野県側では「ほたか」だが、岐阜県側では「ほだか」になる。うんちくが長くなったが、下りを上高地へ引き返すのが安全パイとしてはおすすめだが、裏道という感じながら岐阜側の新穂高温泉への下りは、現れる花がかなりちがって深い山をじっくりと味わう気分に浸れる。
ちなみに、さらに意欲的な状況なら西鎌尾根を下って双六小屋に出て、北アルプスの名門小屋のひとつ三俣山荘まで足を伸ばすと、槍ヶ岳を「裏銀座」側から見返すことができる。双六小屋から新穂高温泉への下り(蒲田川左俣谷)は今回紹介する飛騨沢(蒲田川右俣谷)よりだいぶ長い。
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| ■飛騨沢から西鎌尾根を下る人を見上げる ― 2001.7.30 |
| 飛騨乗越から飛騨沢へと下ると、槍ヶ岳の西鎌尾根はグングンとそびえ立っていく。よく見ると登山者の姿が1、2、34567。向こうの山は鷲羽岳(2,924m)と水晶岳(2,986m)。 |

さて下りだが、槍ヶ岳山荘から穂高連峰へと続く稜線を大喰岳との鞍部に向かって下ると、すぐそこに飛騨乗越がある。飛騨乗越(ひだのっこし)は日本一高い峠とのことだが、生活道路としての峠であったかどうか私は知らない。
南にのびる稜線から、西へと斜面を下ると広いお花畑に踏み込んでいく。槍ヶ岳の西鎌尾根と大喰岳の西尾根に囲まれた明るい谷をジグザグに下っていく。
標高2,550mあたりで西鎌尾根の千丈沢乗越から下ってくる道と合流する。槍ヶ岳山荘から15ポイントだから、登りの換算レートで約2時間。それくらいゆっくりと、花を楽しみながら下るのが、このルートのぜいたくかと思う。
そのあたりから道は森林帯につつまれる。展望はなくなって、谷間の道をただひたすら下ることになる。15ポイントで(約2時間)で槍平小屋。南岳の西尾根を下ってくる道がある。静かでいい小屋だ。昼寝でもしたい気分になる。
さらに18ポイント(約2時間)下ると奥穂高(おくほたか)岳直下の穂高(ほだか)岳山荘のところから下ってくる道と合流するが、そこに穂高岳山荘の荷揚げ小屋の白出小屋がある。
白出小屋のところから林道となり、18ポイント(約2時間。ただし林道下り約4.5km)で新穂高温泉バス停に到着する。バス停の前に共同浴場があるのでその場で汗を流すことができる。
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