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毎日が山歩き 案内人 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)  50歳を過ぎてからでも楽に山歩き、愉しく山登り、のんびり山遊びが楽しめる毎日を紹介します。
日本365名山  
第13回 高松山
高松山(たかまつやま)―― 801m
どんな山かについては、ほとんど意識がなかった。
丹沢山地が終わって箱根火山になろうかというあたりに点在する小さな山群のひとつに過ぎない。登って下りるという登山では特徴がほとんどわからないが、山間の春の風景を楽しむという意識なら、なかなかのものになる。
計画では標高差約700mを登って、約600m下るのだが、純然たる登山道だけでいえば登り約500m、下り約250m。じつはそれ以外の農道・林道部分が圧倒的にすばらしいのだ。
そう、山里ハイキングというイメージなのだ。
山が小さいから、山すそをめぐるという印象が非常にリアルで、山里の存在感が山に比例してどんどん大きくなっていく。

アプローチ
一番近い駅はJR御殿場線の山北駅。国府津方面に2駅戻ると松田駅。松田駅は背中合わせという印象で小田急小田原線の新松田駅と接している。
新松田駅前からバスの場合は丹沢湖方面中川温泉や西丹沢自然教室へ行くバスで高松山入口バス停下車(富士急湘南バス TEL 0465-82-1361/280円/約10分)。タクシーは1,700円前後。
私は田代向バス停を下山側としてきたが、そちらは寄(やどりぎ)から新松田駅へ出るバスで、田代向→新松田のバス料金は450円、所要時間約20分。利用しそうな時間帯の便を列記すると、田代向発14:40、15:40、16:25、17:15、18:15、18:40、19:15、21:12(平日のみ)となる。

ルートシミュレーション

この地図の範囲は国土地理院1:25,000地形図、東京16号-2(はだの)、東京16号-4(やまきた)でカバーされる。
赤い○印は標高50mごとに置いた半径50mの円。青い◇印は山頂から約500mごとの水平距離。○印の間隔によって登山道のある斜面の傾斜を把握できる。
さらにこの地図の特長は、○印と◇印をどちらも1個(1ポイント)7.5分(2個で15分、8個で1時間)と仮定して、時間とエネルギーを概算できること。
高松山 ルートマップ

【研究13】 高松山
山より山里
■二時山から高松山あたり――2005.2.15
金時山から足柄峠方面へ下ると、進行方向に矢倉岳。遠くに白く輝く丹沢山地核心部があるが、その手前に高松山があるはず。

 連載11回めの奥武蔵・笠山とほとんど同じ趣旨で紹介したいのがこの西丹沢・高松山だ。
笠山のタイトル写真を見て勘違いされた方も多いかと思うが、主役となっているピラミッド型の立派な山は秩父盆地にそびえる武甲山。その左側、かなり遠くに見える山が二子山。写真ではそこからさらに遠く、左方向に小さな起伏の稜線がのびているが、くわしくいうと右から左へ堂平山、笠山、大霧山の比企三山……となるのが正解。


 解説スペースがなかったので、妙な写真になったのだが、笠山はときどきスゲ笠のように見えることがあるけれど、ほとんどの場合遠くて小さい。
今回はもっとひどくて、この高松山では、山の姿を撮ろうとした写真はまったくない。
撮ってはいたけれど写りが良くない……などというのではなくて、徹頭徹尾、山そのものには興味をいだくことがなかった。だから、どんなかたちの山なのか、わかりません。
その代わり、登り口の尺里(ひさり)集落と、下りにかかって尺里峠から虫沢集落へと続く道すじで春らしい風景を堪能した。一度ならず二度、三度と。
おそらくこの、笠山や高松山のような存在は日本中にほとんど無数に存在する。一山として認知するにはいくぶん努力が必要だが、その山の斜面に肩を寄せ合うように集落ができていたり、ポツンポツンと家が散らばる。その山村風景がなぜかなつかしいものに思えるのは、そこに日本の原風景を感じるからだろうか。
歴史をさかのぼると、中世までは山の尾根が街道だった、という。道はしばしば氾濫する川に遮られたから、重要な街道はなかなか谷に下りようとしなかったのだ。
平野から谷筋へと本格的に道がつくられるのは近世からだ。川がひらかれるのは貨物輸送の大動脈としてであった。河川交通が開かれるにしたがって、その川のあちこちで、船で渡ってのびる道がつくられた。渡船のほかに橋も造られて、低地がどんどん開拓された。
古い山の道も生活道路として残された。奥多摩の浅間尾根や、青梅街道の裏街道として有名な大菩薩峠越えなどが知られているが、徳川家康は天海僧正と組んで京都五山の力を徹底的にそいで、寺院を戸籍管理の行政組織に再編するという宗教改革に成功したのだが、同時に、日光を起点にした修験者(や隠密)の情報ネットワークも確立したといわれている。そういうもののなかに、現在の登山道につながるものがかなりある。
かつては、山ひだに隠されるように存在する山里こそがスタンダードであったにちがいない。涸れない流れがあればそこに田畑をひらいて、集落が生まれた。
山里はいまもどこかにそういう自己完結的な雰囲気を残しながら、山裾のヒダの1枚ごとにひっそりとたたずんでいる。
高松山の山里は、春、いかにも自然に、いかにも文化的な香りの花のいろどりを見せてくれる。


「写真で見る山の歩きの魅力」 【講座13】「リーダー役」のすすめ
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